●親と歩む中学受験

多くの人が様々な考え方、立場でこのタイトルについて記しています。今回のブログでは、こうあるべきだ、こうでなくてはならないという論ではなく、こういう親子がいいなという観点で記していくことにします。自分自身が親として子供の中学受験に関わったこと、当塾生、保護者の方々との交流を思いだしながら書いていきます。折々て感じる親の愛に、わたしはいつも共感しています。

小学生が挑むのが中学受験ですから、当然のことながら親のさまざまな援助は必須です。この塾は、すべて私一人で営んでおりますので、ひんぱんに保護者の方々と連絡を取ります。相談を受けるというよりも、一緒に考えましょうのスタンスです。これが私のやり方です。

私は、生徒の言動から多くのことに気づき、保護者の方々からも多くのことを学んでいます。当塾には授業を参観する保護者の方々が多くいらっしゃいます。また、子ともたちに家庭で勉強を教えている保護者の方々が大半だと思います。授業を見に来たり、家で勉強を教えたり、過干渉で過保護でないかという意見が聞こえてきそうです。子どもが嫌がっているだろう、可哀そうだという人もいるかもしれません。

私は全くそうは思いません。親の愛とはそんなものでありません。子供が本当に嫌がることを、決して親はしません。たとえば授業を見られるのが嫌なお子さんの保護者は、決して参観には来ないのです。長男の中学受験、私は一度も勉強を教えたことがありません。彼がそれを望まなかったからです。

●子育てを楽しむ

さて、当塾の保護者のなかには、本当に楽しそうに子供に勉強を教えている方がいらっしゃいます。次はこうやって教えよう、こうしてみたら成績が上がったなどの声が聞こえてきそうです。教えているというより。子供とともに学びを楽しんでいるという感じです。

この高揚感が子供に伝わるのですね。成績も上がるわけです。当塾はそういう親子の多い塾です。かたちは違えど、それぞれ親の愛をちゃんと受け止めているということです。最後にはかならず成果が出ます。

受験にもよくでる重松清の小説に『とんび』があります。主人公が『親が甘やかさないでだれが甘やかすんだ』という趣旨のことを言います。共感します。子供には子供なりに社会があり、そこでもまれているのです。親が守るべきところは守るべきなのでしょう。

今日は、中学受験をテーマにしましたが、中学生も高校生も同じです。親子ですから変わりません。ところで、私の長男。第一志望校には合格しませんでした。受かった学校のなかから自分にいちばん合った中学校を選び、六年間部活に没頭しました。その後、いちばん行きたかった大学に入り、今春社会人になりました。この子の親で良かったと思うことがあります。当塾の保護者の方々も同じ思いを共有していると思います。