●長い歴史を持つ慶應義塾普通部

今回は、慶應義塾普通部の入試問題を取りあげます。私学の最難関のひとつである慶應義塾大学の附属校ですから、当然人気校であり、難関です。日能研の偏差値では、2020年実績によると65となっています。男子校としては最難関のひとつといってよいでしょう。当塾は国語と社会の専門塾ですから、この二教科を扱いますが、その前に本校がどのような学校なのか、本校のホームページを見てみました。

この慶應義塾普通部という名称には長い歴史があります。1890年、慶應義塾に「大学部」が設置された際、従来からの知識、教養、技術を学ぶ課程を「普通部」とよぶことになったそうです。以下、少し長いのですが、ホームページより、普通部長の挨拶文を引用します。

(部長の挨拶からの抜粋です)

この普通部の課程こそ、総合的な判断力を養い、その幅広い教養を実社会に活用させるという、慶應義塾教育の基本的形態そのものです。そして、福澤先生は『学問のすゝめ』初編で「人間普通日用に近き実学」と書いています。学問の本質は「専ら勤むべきは、人間普通日用に近き実学」であること。「人間」は「じんかん」と読み、社会を意味しています。「普通」とは、「普(あまね)く、通ずる」ことを学ぶことであり、普通部で「普通、普く通ずる」ことを学ぶことは、世の中がどのように変わってもとても大事なことです。

「普通、普く通ずる」ことを学ぶということに、本校の教育理念を感じます。どんなに世の中が変わっても、ここで学んだ広い教養を実社会で活用させるという普遍的な考えがあり、当然、そういう学びにふさわしい生徒を求めているのでしょう。

ですので、当然、入学試験の問題も、細かい知識を問うようないわゆる難問、奇問ではなく、思考・判断力や教養を試す問題が主体となっています。なお、余談になりますが、この「普通部」という名称、名前に「中」が含まれていない唯一の中学校のようです。それでは、まず、国語の問題から見ていきましょう。

●国語の問題

この二年間は、大問2題(物語文と論説文の読解)と漢字書き取りが1問という構成になっています。2020年度の問題では、物語文が約6,000字、論説文は約1,300字でした。物語文の分量はが多めではありますが、問題文自体は、他の難関校と比べても、決して難しいものではありません。中学受験生が読解できるレベルの問題文を採用しているため、正攻法で着実な読解力を高めておくことが肝要です。

ただし、設問は多種多様です。記述問題、抜き出し問題、記号選択問題(5択が中心)などがあり、その内容は内容理解が中心ですが、指示語・接続語、要旨、文法など多岐にわたります。そしてそれぞれの問がよく練られているため、正確に文章を読解できていないと正解にたどり着くことはできません。

具体的には、次のような問題が出題されます。大問1は、朝倉かすみの『ぼくは朝日』が出典です。高度経済成長期の家族の様子を描いた物語です。本文は、「朝日」が誕生日に届いたカラーテレビのことを学校で富樫君に話し、「すごいなあ」と何度もつぶやく彼を家に誘う場面です。

問二 カラーテレビの映す色の感じは、絵の具よりも折紙に近かったとありますが、どのような意味ですか。最も適切なものを選び、記号で答えなさい。
ア 折紙のようにはっきり均一に見えたということ。
イ 絵の具よりも色の種類が少なく感じられたということ。
ウ 折紙のようにやわらかく優しい色あいだったということ。
エ 絵の具よりも境目が直線的でくっきりしていたということ。
オ 絵の具より輝いて非現実的な美しさだったということ。
解答 ア 


問十「マッハGoGoGoが始まったのだ」とありますが、これ以降で朝日がテレビにくぎづけになっている様子がわかる部分を本文中から探し、九字で抜き出しなさい。
解答 口でストローを探す

問二では、傍線部の後で、(カラーテレビの色は)「折紙よりも強く主張していた」とあります。濃淡のある「絵の具」とちがって、「折紙」のように均質ではっきりした色であり、しかも折紙よりもさらにその明瞭さを強調しているわけですから、アが答えです。文末を比較し、「はっきり均一に見えた」に注目すれば、正解となります。

問十では、問題文をしっかり読めば抜き出し内容は明確にわかります。「くぎづけになっている」とは、テレビに夢中になっているということです。「これ以降で」と「九字」の条件に合うものを探します。一瞬でもテレビから目を離せず、他のものを見ることができない場面を見つけます。そのなかで全ての条件にあうものは、「口でストローを探す」しかありません。

このように、問題文の意図をきちんと理解し、本文の傍線部前後をしっかりと読めば解ける問題が多いのです。決して易しい問題ではありませんが、正しく読めば解答ができます。ただし、本校の入試問題は、試験時間が40分です。スピードと正確性が必要になります。そのための過去問演習においては、「問題全体を把握し、効果的な時間配分をする」練習をしておくことが大切です。

二つの読解問題に続く漢字の書き取りは、10題が定番となっています。これは単なる漢字問題ではなく、語彙力や一般常識を問うともいえ、様々な問題が出題されます。同音異義語のあるものもよく出題され、留意が必要です。漢字ドリルではなく、日頃から多くのことばに触れておく必要があります。

けいしょう地を訪ねる。(2020年度) (解答) 景勝
患者の容体はしょうこう状態だ。(2019年度)    小康
しざいを投じて学校を設立する。(2018年度) 私財
世界有数のこくそう地帯だ。(平成29年度) 穀倉
新しい学説をとなえる。(平成28年度) 唱
ふるかぶのメンバー。(平成27年度) 古株
十五夜のおそなえ物。(平成26年度) 供
議会の解散はひっしとなった。(平成25年度) 必至

●社会の問題

教養を重視しているだけあって、本校の社会は、中学入試のテキストを暗記しているだけでは合格点を取ることは困難です。テキストの内容は一通り理解したうえで、統計資料や地図などの資料を読み取る力、知識と知識を組み合わる力、問題文自体を読解する力などが求められます。それに加えて、小学六年生のレベルを超えた、「大人としての知識」、「生活に関わる知識」までが必要とされます。実際にどのような問題が出るのか、どのような対策が必要かを記していきます。

まず、中学入試テキストレベルの問題では、知識自体は特別に細かいことが問われているわけではありません。ですので、正しい知識があり、資料や問題文を正しく読み、考察することができれば、解答は難しくありません。

2020年度の大問3は、米・小麦・とうもろこしに関わるリード文から出題されています。このなかから、やや難しい設問を取りあげます。

下線⑤(注:下線⑤は、「バイオエタノール」)の原料として、とうもろこしを利用することには、いくつかの問題点が指摘されています。一つ書きなさい。

バイオエタノールは、中学入試での必修事項です。ガソリンの代替品であり、地球温暖化防止に役立ちます。原料がどうもろこしなどやサトウキビなどであることは知っていることでしょう。では、問題点とは何でしょうか。とうもろこしが、本来、食用や飼料用であるということ、農産物であるためすぐに収穫量を増やすことをできないことも知識として持っています。これらの知識を組み合わせることにより、「需要が増え、食糧や飼料の価格が上昇してしまうという問題点。」や「需要が増え、食糧や飼料が世界的に不足してしまうという問題点。」などの正答が導き出されます。知るだけでなく、考えることが大切です。

続いて、「大人としての知識」を問うものを一つ、紹介します。平成25年度の大問2から引用します。

わたしたちが何かを買ったり利用したりするときには、ねだんを見て、①売り手に直接、現金やカードで支払うことが一般的です。そのねだんは、店などが売りたい数量と、客が買いたい数量の関係によって決まっていきます。しかし、②すべてのねだんがこのように決まるわけではありません。
1.下線部①のようにして支払うのが一般的でないものを、次のア~コから一つ選んで記号で答えなさい。
ア.防空ずきん  イ.鶏卵       ウ.タクシーの運賃  エ.ランドセル
オ.市販薬    カ.郵便はがきの料金 キ.家庭の電気料金  ク.米 ケ. 本     コ.ミネラルウォ―タ―


2.下線部②について、売り手が国に届け出たり、認めてもらったり、許可してもらったりすることによってねだんが決まるものがあります。1.のア~コから、三つ選んで記号で答えなさい。(後の問は省略)
(解答) 1. キ
2. ウ、カ、キ

この問題は、大人にとっては生活の常識ですが、中学入試の知識の範疇ではありません。
このような実用的な知識が問われるため、普段から世の中の仕組みや出来事に少なくとも関心を持っておくことが大切になります。

社会の配点は国数理と同じく100点、また、試験時間は30分です。スピードも当然求められますが、「知識だけでなく、考えること」、これを意識した学習をしておけば十分に対応が可能です。本校の入試問題は、国語、社会ともに、決して難問ではありませんが、本校が求める教養を持つ資質のある生徒かどうかを確かめる良問であると、私は考えます。