●特徴ある麻布中学校の社会

麻布中学校の社会は、例年大問が1題のみで、設問数は約20問、記述問題がおおよそ半数の10問程度です。解答時間は、50分です。何度かこのブログでも記しましたが、この大問がとても特徴的なのです。ここでは必ず一つのテーマが取り扱われます。過去数年のテーマは次の通りです。
・2020年「衣服の変化」
・2019年「スポーツの歩み」
・2018年「感情のコントロール」
・2017年「建築物の変化(住宅地、住居など)」
・2016年「境界の変化(分水嶺、県境など)」
・2015年「器の変化(陶磁器、漆器など)」

テーマの選び方は、年度によって異なります。来年度のテーマがどれになるかを予想することは、とても困難です。ただし、仮にテーマが自分の興味や関心から離れたものであっても解答することは可能で、心配には及びません。なぜなら、リード文を読めば、そこにたくさんのヒントがあるからです。必要なことは、社会をしっかりと勉強しておくということです。どのような力が必要なのか、どのような試験問題なのか、今回は、今まで取りあげたことのない、2018年度と2017年度の問題を見ていきます。

●2018年度の問題から

本年度は、「感情のコントロール」という人間の深い問題に関わるものでした。本校らしいテーマといっていいでしょう。こういうことにも関心のある生徒でいてほしいという願いのでしょうか。問題のリード文、冒頭の部分を引用しておきます。

みなさんはどんなときにドキドキしますか。大勢の人前で話すとき、試験が始まるとき、いろいろな場面で心臓の高鳴りを感じることがあると思います。人間にはいろいろな感情があり、感情が高ぶると鼓動も速まります。すごくうれしくても、怒っていても、不安でも、ドキドキします。ただ、心理学の研究によれば、人間はどちらかというと「いやだ」と思う感情の高ぶりの方が気になるようです。具体的には「怒り」「不安」「悲しみ」などがあげられます。
 たまにドキドキすることは刺激になりますが、毎日続くのは疲れます。とくに怒りにふるえることや、不安で気分が悪くなることはできれば避けたいものですし、あまり続くと生きていく力がわかなくなってしまいます。ですから、私たちは、日常の生活のあちこちでこういう感情をコントロールするくふうをしてきました。

このあと、「困ったときの神頼み」「集団で感情を共有すること」「社会の変化にあわせて」「見えない相手との関りの中で」「感情のゆくえ」とリード文は続きます。その後、問1から問12までの設問があります。今回は、問7と問8を取りあげます。

問7 下線部カ<注:下線部カ=仏教のやり方に従った葬式>について。
江戸時代、葬式以外でも、人びとは生活のさまざまな場面で寺院を頼るようになりました。幕府は支配の仕組みを整えるため、人びとと寺院のこのような結びつきを利用しました。人びとと寺院の結びつきは幕府が支配する上でどのように役にたちましたか。2つ答えなさい。

この問題では、まず知識として「寺請制度」を知っていることが必要で、「人々に寺院の檀家になることを義務づけることにより、キリスト教の禁止を徹底した。」などの解答は、すぐにできることでしょう。本校の場合、このような一対一の暗記から一歩進んだ、それがどのように社会に影響を及ぼしたかまでの、因果関係まで含めた知識が求められます。実質的には江戸時代の戸籍として活用された「宗門人別改帳」までつながる知識があれば、「檀家として登録することにより、人々の情報を管理できた。」などの解答をすることができます。一つ一つの歴史用語を知っていることではなく、どういう意味があったのかまで問われることの一例です。知識と知識を結びつけておくことが大切なのです。

問8 下線部キ<注:下線部キ=キリスト教やイスラーム(イスラム教)のようにあとから日本社会に入ってきた宗教を信仰する人が増える>について。
(1)1850年代から1890年代まで、日本にやってきて貿易を行う西洋人は、横浜、神戸、長崎などの都市の一角に住むことを許され、治外法権なども認められました。西洋人が住むことや商売することを許された場所を、居留地といいますが、西洋人の活動を居留地に限定したことは、日本にとってどのような利点がありましたか。答えなさい。

この問題の解答は、「外国人が、土地の買収を勝手にすることを防いだ。」、「西洋人と日本人の争いを防いだ。」などとなります。居留地を限定したということを覚えているだけでは解答できません、因果関係まで理解おくこと、そして、それを簡潔に記述できる力が必要です。

(2)イスラームでは火葬はせず、土葬を行います。現在の日本では土葬は難しく、イスラームを信仰する国(多くの場合は母国)に遺体を運んで地中に埋葬する例がみられます。しかし、イスラームを信じる人の中には、それらの国で埋葬を行うことが難しい人びとや、それを望まない人びともいます。どのような場合が考えられますか。具体例をあげて答えなさい。

この問題では、イスラームが土葬を行うという知識は必要ありません。「それらの国で埋葬を行うことが難しい人びとや、それを望まない人びと」とは、母国に帰ることができない(望まない)人びとということです。ここでは、中学入試レベルでは必須の項目である「難民」を思い出すこと、すなわちこの問題と既習知識をつなげることが大事となります。「母国を離れざるを得ない難民の場合。」などが正解となります。

●2017年度の問題から

つづいて、長めの記述問題の例を紹介します。

問9 下線部ケ<注:下線部ケ=そういう時代に向けて、どういうふうに建築物を工夫したらいいのだろうか。とても難しい問題だ。このことは、僕の家族や街のことだけではなく、もっと広い視野で考えなければならないと思った。>について。
私たちは社会の変化に応じて建築物を工夫し、さまざまな問題を解決してきました。しかし、広い視野で見直すと、また別の問題が見えてきます。下の例から一つ選び、こうした工夫がどのような社会の問題を解決してきたかということ、見えたきた別の問題を、100字~120字で説明しなさい。ただし、句読点も1字分とします。
 例 防犯カメラ付き住宅    オール電化住宅    高層マンション 
震災復興住宅        郊外の大型ショッピングセンター

この問題は、建築物の変化をテーマにした本年度の問題の最終問です。このような百字前後の記述問題がよく出題されます。自分の意見を自由に記すようなものではありません。あくまでもリード文や設問の指示にしたがい解答を作成することが大切です。リード文や設問には解答に導く手がかりがあります。自ら学んできた「知識」を手がかりと結びつけながら解答を作ることになります。

例示されたもののどれを選んでもいいのですが、「解決してきた問題」と「見えてきた別の問題」の両方をバランスよく説明できるものを選ぶようにします。既習事項、時事問題のテキスト、生徒自身の体験などを駆使すれは、例のなかから一つを選ぶことは決して困難ではないはずです。

例のうち、二つの問題を整理してみます。例えば、オール電化住宅ならば、次のようになります。「解決してきた問題」は、「火を使用しないので、火災の危険性という問題」であり、「見えてきた別の問題」は、「すべてを電気にたよるため、災害などで停電になると、調理や入浴など生活が成り立たなくなってしまう問題」です。

また、郊外の大型ショッピングセンターの場合、「一か所でさまざまな買い物をすますことができるという点で便利であり、都市の中心部でなく郊外の発展にもつながったこと」と「町の中心部にある商店街がシャッター通りとなり、自動車を運転しない人は買い物がしづらくなったこと」になります。解答としては「一か所でさまざまな買い物をすますことができるという点で便利であり、都市の中心部でなく郊外の発展にもつながった。しかし、町の中心部にある商店街がシャッター通りとなり、自動車を運転しない人は買い物がしづらくなるという問題が生じた。」などとまとめることになります。

●合格する学力をつけるための対策

本校の社会、中学入試のテキストレベルの知識を積み重ねるだけでは、合格点を獲得することは困難であるといえます。まず大問のテーマはさまざまですので、これを事前に予想することは困難ですし、その必要はありません。むしろ、テーマを扱った長いリード文を正確に読む力が必要となります。本校入試でどのような力が求められるかを整理してみました。

①リード文や設問をはやく正確に読む力
問題用紙4~5ページに及ぶ非常に長いリード文を正しく読むこと、まず、これが大事です。また、設問の意図を正確に理解することも必要です。国語の勉強などで、論理的思考力や要約力を身につけておくことが大切です。国語の得意な受験生には、本校の問題は解きやすいはずです。リード文や設問には、解答のヒントが隠されています。

②知識を結びつける力
本校を受験するレベルの受験生には、中学入試のテキスト内容が頭に入っていることは必須です。これに加えて、既習知識と知識を結びつける力、結びつけたものを表現する力
を養うことが重要です。用語を覚えるだけでなく、それがどのような意味があるのかまでを理解しておくことです。今回のブログで取り上げた「寺請制度」や「難民」、用語を暗記しているだけでは解答できません。記述問題を中心にしたテキストが何点か発行されています。これを用いて事象の因果関係をつかむ練習、また、それを文章にする練習を重ねておくことをおすすめします。

③資料を読み取る力
今回のブログでは取りあげていませんが、地図や年表、グラフや統計を読み取る問題が必ず出題されます。統計資料やグラフは、それぞれに読図のポイントがあります。これをつつかむことです。各校の過去問を含む問題演習で鍛えておきたいところです。なお、地形図は、時間をとって必ず読図の練習をしていくことが必須です。

本校の問題は、地理、歴史、公民の枠を超えて出題されます。これに時事問題を融合させた問題も多く出題されています。それぞれで学んだ知識と知識をつなげる力があれば怖れる必要は全くありません。一方で暗記中心の学習では太刀打ちできない問題です。そして知識自体は、一般の中学受験のレベルを超えるものは求められません。ものを知っていることは大切です。ただしこれだけでなく、得た知識を活用する力のある生徒を本校では求めているように思います。受験生に挑戦してほしい学校のひとつです。