●「クラスメイツ」を読む

中学受験を控えている子どもたちに、これからたくさん読書をしましょうとはいいません。また、本を読むことが好きな子どもが、必ずしも国語が得意なわけでもありません。ただし、読書が私たちの生活を豊かにしてくれることは確かです。今回のブログでは、本を一冊紹介しようと思います。森絵都の「クラスメイツ」という小説です。

森絵都は、2006年に『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞するなど、青春小説や児童文学を中心として、現在活躍中の小説家です。「カラフル」、「DIVE!!」 、「みかづき」など、映像化された作品でも有名です。クラスメイツは、2014年に刊行された小説で、現在まで多くの中学校の入試問題に採用されている小説です。また、今後も出題される可能性はあると思います。ただ、「出題されそうだから読んでおく」ことが大切なわけではありません。この本から感じ取れることを大切にしたいと思うのです。

「クラスメイツ」は、北見第二中学校という公立中学校の1年A組の一年間を描く連作短編集です。二十四人のクラスメイトそれぞれの視点でリレーされていく構成で、「前期」 と「後期」に分かれています。この小説では特に大事件が起きるわけではありません。なんでもない日々ですが、中学生にとっては一度きりの大切な日々を、一生懸命、一喜一憂しながら生きている姿が生き生きと描かれています。男子十二人、女子十二人が、それぞれ異なる性格や価値観を持ち、それぞれの生活を送っています。これをしっかりと描き分けた小説です。面白いストーリー展開に引き込まれていると、時間が経つのも忘れてしまいます。登場人物の心情を疑似体験しながら読んでいく感覚です。

●中学入試と「クラスメイツ」

この小説は、中学入試では、どのように出題されているのでしょうか。二、三の例を挙げてみましょう。

2015年度学習院女子中等科A入試
大問1で「第8章 夏のぬけがら 陸」から出題されています。文庫で17ページ分、全文が出題されました。14問が記述問題で、「~理由を説明しなさい」、「~の気持ちを説明しなさい」などの問題です。状況から登場人物の気持ちを読み取る問題も出題されています。
ちなみに、大問2は、漢字20問です。

2015年第2回海城中学校入試
大問1で「第15章 見いつけた 田町」から出題されています。文庫で約10ページ分が試験問題になっています。設問は、漢字が1問、記号選択問題が9問、100~110字の長い記述問題が1問です。記号選択問題のなかに、「会話文が誰の発言か」を問うものがあります。大問は2までで、2は論説文です。

2016年度横浜共立学園中学校A方式
大問2で「第1章 鈍行列車はゆく 千鶴」から出題されました。文庫本で17ページある章から約7ページ分が試験問題になりました。記述問題が4問、記号選択が7問でした。

いずれの学校においても、人物の心情読解が必須であり、また、分量も多いため、読むスピードも要求されています。

さて、この「クラスメイツ」、多くの学校で出題される理由がわかるような気がします。
例えば小学生は、もしかしたら中学校生活に多くの不安を抱いているかもしれません。「今までの自分から変わりたい」、「なんだか胸がドキドキする」、「あの子にどうしても勝てない」、「なんだか恥ずかしい」などの様々な思いを抱えていることでしょう。この小説は、彼らに大丈夫という勇気を与える本だと思います。あなたの悩みは確かにあなた一人のものです、ただし、誰かが抱えていたものと似ているのだということを教えてくれる本だと思います。

この本を問題文に採用する学校からのメッセージとして、生徒一人ひとりの人生がかけがえのないものであり、生徒には自分らしく生きていってほしいとの願いを、私は感じています。また、私たち大人にとっても、登場人物の一生懸命さや一喜一憂に触れることによって、自分の中学生時代の気持ちを思い出したり、今の中学生を知ったりするための参考書となり得るものだと思います。

ですので、この本は、ぜひとも小中学生だけでなく、保護者の方々にも読んでいただきたいと思います。そして、できれば子供たちと、登場人物の性格がどんなものなのか、事態や状況の変化に応じて、心情がどのように変化していったのかを話し合ってほしいと思います。そこには、喜怒哀楽だけでない、思春期特有の感情、はずかしい、ためらう、がっかりする、びっくりする、ほっとするなどの心情があるはずです。これらの語彙を豊富にしておくことが、子供たちの気持ちを豊かにすることにつながると考えます。そして、これは、入試の物語文の読解にも必ず役立つはずです。

●物語文と入試

さて、物語文の読解問題は、ほとんどの学校で出題されると言っていいでしょう。論説文に比べて心情理解が加わる分、難しいと感じる受験生が、とりわけ男子に多いようです。ただし、正しく学んでいけば心配には及びません。少なくとも、問題文のなかで登場人物の性格が変わることはないでしょう。ただし、状況の変化によって、気持ちは大きく変わるものです。これをまず理解しておくだけでも随分と読み方が変わってくるはずです。

また、論説文と違い心情理解が重要であり、これには答えが書いていないから想像して答えるのが大切だと思っている人がいるかもしれません。これでは成績が上がりません。本文から正しい答えを探すのが国語の勉強であり、問題の解き方です。基本は論説文と変わらないのです。接続語に注目して物語の展開を読む、状況の変化を正確に理解して登場人物の心情の変化を読み取るなどを意識していけば、必ず力はついてくることでしょう。

さて、繰り返しになりますが、今回紹介した「クラスメイツ」のような小説にふれることで、登場人物それぞれの性格の違い、また、それぞれの心情の変化に触れることは、気持ちの揺れ動く時期の小中学生にとって、とても大切なことに私は思います。この本以外にもたくさんの良書があります。一度は手に取って読んでみることをおすすめします。