●努力が実る

中学受験を終え志望校に合格された塾生の方から、メッセージをいただきました。昨年の1月に入塾され、おおよそ一年間ともに学んできました。週に一度、16時になると彼は自転車で当塾にやってきます。とても頑張り屋でした。決して弱音を吐くことはありませんでした。口数は少なめで芯の強さを感じさせる男子でした。

国語の読解問題を正確にはやく解く力がついてきていること、社会の記述問題にきちんと答えられるようになっていることなどから、彼の努力の足跡を感じ取ることがしばしばありました。もしかしたら思うとおりに偏差値が上がらないことがあったかもしれません。それでもめげることなく学習を続けたことが良かったのだと思います。その努力に敬意を表します。

当塾で学んだ後は、駒沢公園で陸上競技のトレーニングを行うのが彼のルーティンでした。家路までの無事を祈りつつ背中を見送った日々を、なつかしく思い出します。

中学受験は、こども一人の力でできるものではありません。ご家族の支援がとても大切です。強い愛情を持って受験をサポートされていたお母様、おつかれさまでした。また、ありがとうございます。

入学を決めた男子校は、大学進学実績が高く指導も熱心な学校です。すでに英語と数学は春の課題が出たそうです。彼の人生は、始まったばかりです。これから充実した学生生活を送られることを、こころからお祈りいたしております。もしも辛いことがあったとしても、彼ならそれを跳ねのけて、糧としていくことでしょう。

●合格された受験生のメッセージ

僕は、算数と理科が好きですが、国語と社会にとても苦手意識がありました。しかし、平山先生が国語の問題を解く上でチェックする所、要約、テストのとき直しをしてくれて、少しずつテストの点数が取れるようになり、苦手意識がなくなっていきました。
 また、先生は、テストで悪い点数を取った時、「まだ、時間はあるから大丈夫。頑張ればできる。」と励ましの声をかけてくれてとても嬉しかったです。
 中学受験を終えて僕は、今、友達と遊んだり習い事が楽しく、中学生活が楽しみです。それは、苦手だった国語が好きな教科になり勉強が楽しくなったからです。平山先生、ありがとうございました。

●保護者の方のメッセージ

中学受験に向けて約一年間国語・社会をご指導いただき有難うございました。
 平山先生にご指導頂き、確実に実力をつけ、問題を解く力と速さが身につき、安定した点数を取ることができるようになりました。
 先生は、子供にいつも優しく励ましの言葉をかけてくれるので安心して子供を預ける事ができ、子供もやる気があがり、国語に対して苦手意識もなくなりました。
 また、受験相談も度々させて頂きましたが、子供の能力にあった、きめ細やかな丁寧な対応に、個別指導の良さをとても感じました。
 本当に1年間、ありがとうございました。

●考えて解く社会

これからも、塾生の方々のよろこびの声は掲載を続けていきます。さて、今までも何度かこのブログで取りあげてきましたが、社会の入試問題は知識だけで対応できない問題が多く出題されます。これらに対応する学力はぜひとも養っておきたいところです。一例をあげてみます。

今回の関西の学校で以前出題されたものをとりあげます。甲南女子中学校2016年の問題です。この問題は、知識をそのまま答えるのではなく、知識を用いて資料を読み取り、考えることによって正解が導き出されるものです。決して易しい問題ではありませんが取り組んでみましょう。

右(注:本ブログでは下)のグラフ中のa~dは、東京都の都心(都市の中心部)および郊外にある人口規模がおよそ15万~20万人程度の市区の台東区、中央区、三鷹市、多摩市のいずれかで、1955年~
2015年までの人口の移り変わりを表しています。このグラフと次ページの地図(省略)を見て、あとの問いに答えなさい。
(1)グラフ中のa~dを「都心地域」と「郊外地域」の2つのグループに分けたとき、都心地域のグループに属するグラフはa~dのどの組み合わせでしょうか。次のア~エから1つ選びなさい。
ア aとb
イ cとd
ウ bとc
エ aとd

(2)グラフ中のcの地域では、1955年~1965年ごろまではどのような景観が広がっていたと考えられますか。
ア 大規模なマンションや住宅地が広がっていった。
イ 山林や農地が広がっていた。
ウ 飲食店や商業施設が広がっていた。
エ オフィスビルや国や市の役所が建っていた。

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(1)から解いていきましょう。4つのグラフをまず2つのグループに分けてみます。aとdは1995年までに人口減少が続き、その後増加に転じているという共通性があります。
また、bとcは増加を続けてきているが、増加に歯止めがかってきている(cにいたっては減少している)という点で似ています。そのため、aとdが同じグループ、bとcが同じグループだということができます。

続いて、どちらが解答である「都心地域」なのかを考えていきます。aとdの1995年までの人口減少は地価の高騰などにより、都心に住む人が減ったことに関係すると考えられます。また、その後の増加は都心にタワーマンションなどの建築があいづいだことなどによる人口増と考えて良さそうです。このため、解答はエとなります。

(2)ではまずグラフを良く読みます。1965年時点でおおよそ人口は2万人です。これは他の3つの都市にくらべ、とりわけ小さい数字です。この程度の人口では、ア、ウ、エはまず考えにくいという見方ができます。郊外の山林や土地を切りひらいて開発が進んだのですが、この時期はまだまだその途上です。なお、知識としてこの時期以降に多摩ニュータウン事業が本格的に始まったことを知っていれば、cは多摩市であることも容易にわかります。

一対一対応の知識を持っているだけでは、このような問題には対応がしにくいと考えます。当塾での社会の授業は、知識を獲得することではなく知識を活用して問題を解くことに力点を置いています。当塾での体験授業時、社会の学習を加えることもできますのでご相談ください。