●じっくりと考えさせる良問

受験生の思考力を確かめる問題の例として、このブログでは、何度か麻布中学校の社会の入試問題を取りあげてきました。暗記だけでは答えられないものを考える力、教科にしばられない思考力が求められる良問だと思うからです。今回は、本校の国語を研究していくことにします。一言でいえば、国語も確かな学力がないと解けない、とてもいい問題です。学校のポリシーがとても強く感じられる、独特の問題が出題されています。

例年、本校では物語文がひとつ、出題されています。問題文は、かなりの長文であり、記述問題が中心です。2020年度の入学試験では、文字数が9,000字近いものでした。問題数は14であり、そのうち9問が字数指定のない記述問題、残りが選択肢問題2題と漢字の書き取り3題でした。解答時間は60分です。比較的読みやすい題材を問題文に選び、じっくりと考えさせる問題となっています。また、設問の構成がつながりを意識したものになっており、問を解き進めていくと、後の問題が解きやすくなっていることも特徴です。2020年度の入試問題を見ていくことにしましょう。

●2020年度の問題より

このたびの問題は、宮下奈都の短編集である「つぼみ」に収録されている「まだまだ、」からの引用です。この作品は、活け花に打ちこむ女子高生が主人公の作品です。周囲の人たちに可愛がられて育ってきた紗英が、活け花を通じて自分らしさを求めていく物語です。
友人(朝倉くん)との関係も交えながら、個性を奪うと思われがちな「型」を身につけることの大切さに気づき、型に学びながら成長のきっかけを作っていくというものです。

会話や表現から、主人公の心情の変化を読み取ることが設問の中心です。ほとんどが記述問題です。このなかから本校らしい出題である三問を取りあげます。

設問三
傍線②「紗英はお豆さんだからね、と笑う姉たちの声」(53行目)とありますが、ここから「私」と姉たちとの関係がどのようなものであったことがわかりますか。説明しなさい。

まず、この場面はいつであるかを確認する必要があります。傍線を含む段落の冒頭には、「幼い頃」とあります。この頃の姉たちの主人公への関わりは、傍線の少し後で見つけることができます。「お豆さんというのは、お豆みたいに小さい子、という意味らしい。小さくて、面倒を見てあげなきゃいけない子~」と記されています。また、私の姉たちへの接し方についても、「姉たちがふたりでなんでも引き受けてくれて、私はのほほんと楽しかった。」とあります。このふたつから関係を把握し、過不足なくまとめていけば解答となります。場面を正確に捉え、主人公と姉たちの関係が記された描写を見つけることができればいいわけです。「姉たちから紗英は面倒を見なければならない子として可愛がられ、紗英はそれを喜んでいた関係。」などが解答となります。
この設問で、幼い頃の主人公の周囲との接し方などを把握しておくと、後の問題が答えやすくなります。これは、設問十(1)のところで、改めて確かめることにします。

設問七
傍線⑦「型を自分のものにしたい」(211行目)とありますが、「型を自分のものに」するとはどういうことですか。「型」がどのようなものかを明らかにしながら、説明しなさい。

この問題は、「型を自分のものにしたい」を、別の表現で言い換えて説明しなさいというものです。どのように言い換えるか、それがポイントになります。まず、「自分のものにしたい」に注目します。傍線部のある段落に、「型を身体に叩き込むよう、何度も練習する」とあります。前段落には、「今は型を身につけるときなのかもしれない。いつか、私自身の花を活けるために。」とあります。「自分自身の花を生けるために、何度も練習して身につける」と整理できます。

続いて、解答の条件である「型」がどういうものかを明らかにする作業を行います。同じく前段落に「たくさんの知恵に育まれてきた果実みたいなもの」という記述があります。「型」については、本文中で何度も言い換えながら語られています。「いちばんを突き詰めていくと、これしかない、というところに行きあたる。それが型というものだ」、「数え切れないほどの先人たちの間で考え尽くされた定石」、「何百年もかけて磨かれてきた技」などがあたります。「定石」や「技」が「型」と同じ意味で使われていることに気づくことが大切です。

これらをつなぎ合わせて「型」を表現していくことになります。たとえば、「先人たちの知恵によって育まれ、一番を突き詰めることで得られたものである型を、自分自身の花を生けるために身につけること」などの解答が導き出されます。易しい問ではありません。ただし、設問の趣旨を間違いなく捉え、本文を精読することで確実に正解できる問題だと言えます。

本校の問題は、上記のような部分解釈の問題をふまえたうえで、まとめの作品全体のテーマに関わる問いが出題されます。確認してみましょう。

設問十
傍線部⑩「私もまだまだだ。いつか私だけの花を活けて、朝倉くんをはっとさせたい。姉のことなんか目にも入らないくらい私の花を見つめてくれたらいい」(267~269行目)について、本文全体をふまえて、以下の問いに答えなさい。
(1)
波線部「まだまだお豆さんでいられる」(66行目)の「まだまだ」と、「私もまだまだだ」の「まだまだ」の使い方のちがいから、自分に対する「私」の考え方がどのように変化していることがわかりますか。説明しなさい。

この問題は、心情の変化を説明する問題であり、物語文では定番のものです。「AからBへ」というように、変化の前後をしっかりと説明することがたいせつです。

波線部の「お豆さん」は、設問三における「お豆さん」と同じ意味で使われています。設問三と関連づけて見ていきます。姉たちに可愛いがられている自分の立場に満足していており、「まだまだお豆さんでいられる」と、「まだまだ」を肯定的にとらえています。

一方、傍線部は、厳しい意味での「まだまだ」に変化しています。これに着目することが重要となります。本文から心情の変化を追うと次のようになります。主人公は、(友人である)朝倉くんの絵の衝撃を受け、「私の花ってどんな花なんだろう」と考えることになります。最初は型にはまることを否定していた主人公が「型があるから自由になれるんだ」、続いて、「型を自分のものにしたい。」と変化しています。自分の未熟さを痛感して、「型」を身につける必要性を理解していくわけです。

また、傍線部の直前では、姉を見た朝倉くんが「顔を真っ赤」にしたことに対して不満を持ち、「姉の弱点を私は必死に思い出そうとしている」とあります。ここからも、未熟さの自覚を読み取れます。

こうしてみていくと、傍線部の「まだまだ」には、人間としてはまだ未熟で、もっと成長していきたいという気持ちが込められています。「いつか私だけの花を活けて、朝倉くんをはっとさせたい」からも、その意図がわかります。

これで、波線部の「まだまだ」から傍線部の「まだまだ」への変化がわかりました。次のような解答が導き出されます。

「周囲に可愛がられ、甘える立場でいいと思っていたが、もっと自分に厳しく、精神的に成長したいと考えるようになった。」

●本校合格への対策

本校の国語は、今回確かめたように確実な読解力、記述力が必要とされます。ただし、決して、解答が困難なものではありません。物語文の読解が中心となるわけですが、本文、あるいは設問中に必ず手がかりがあります。答えは、問題のなかにあるということです。ですから、それを正しく探し出す力、探し出したものを表現する記述力を磨いていくことが大切になります。

設問の中心は、心情把握問題です。場面が変わることに変化する心情や人間関係を、セリフや行動、ト書き、情景から読み取っていくことが大切になります。登場人物の気持ちは変化していくのです。これを読み取る練習を繰り返しておくことが肝要です。本校と似た傾向の文章が出題されやすい、駒場東邦、海城、攻玉社などの問題で練習を重ねることもいい対策となるでしょう。なお記述問題の解答は、必ずどなたかにチェックしてもらい、誤字や脱字、構成上の問題点がないかなどを確かめておくことが大切です。

読解力、記述力が重要なのは当然ですが、その基礎となる漢字や語彙力の育成は忘れずに取り組んでおくことが大切です。漢字は一つも落とせませんが。全ての問に完全な解答は不要です。全体で6~7割の得点を目標にしたいところです。

さて、本校の入試問題は、4教科それぞれに大きな特色があります。共通していることは、論理的思考力や記述力が強く求められるということです。また、どの教科も設問自体をしっかりと読まないと解答できません。加えて、設問中に解答への手がかりが隠されています。正確さや注意深さも求められます。獲得した知識の量を問うのではなく、得た知識を生かす力が求められています。学校は、そのような力を持つ生徒を求めているということでしょう。次回は社会を取りあげます。