●考える力の試される社会の問題

前回、前々回に引き続き駒場東邦中学校の入試問題を研究します。国語の試験では、力を試すにふさわしい良問を出題していました。今回取りあげる社会も、国語同様にとてもいい問題だと感じました。とりわけ、記述問題は例年5題程度されており、内容も本格的なものです。すなわち知識自体を問うのでなく、資料を読み取る力や思考力、記述力が問われるのです。実際にどのような問題が出題されたのか、いくつか例を挙げてみます。

(2020年度の問題より)
先進国や国際機関による技術・資金協力を受け、発展途上国では、国内各所に水道施設をつくる活動を行っています。このことは、子どもの権利を守る活動につながります。それはなぜでしょうか。発展途上国の子どもの日常の家事労働における負担をふまえ、説明しなさい。


(2018年度の問題より)
国民の世論を受けて、国会は、国民の生活向上のために法律を制定します。
国民は全国民を代表する機関で、両議院の議員ともに、国民による直接選挙で選ばれます。選挙では、投票者がみずから投票用紙に候補者名もしくは政党名を記入する方法が用いられています。この方法は、国民のある能力を前提としていますが、問題点も指摘されています。前提とする能力と、この能力のない人が投票した際に生じる問題点について説明しなさい。


(2015年度の問題より)
税収の中で、所得税や法人税の他に大きな割合を占めているのが消費税です。消費税は2014年4月から5%から8%になりました。今後は10%へと、さらに上がる可能性があります。消費税が今後の重要な財源のひとつとして注目されている理由について、図6および税の説明と、表3をふまえて、税の歳入に注目して説明しなさい。
注:図6は、平成26年度一般会計予算案(歳入)、表3は、将来の年齢別人口推計(予測)

これらの問題は、単体で出題されるわけではなく、大問のなかのひとつとして、資料の読み取りなどと関連づけられて出題されています。中学受験のテキストを暗記しているだけのいわゆる一問一答方式での定着では歯が立ちません。また、おそらくどの受験生にとっても初見の問題であることでしょう。これから本校に合格するにはどのような力が必要で、どのように解答していくべきかを、記述問題を中心に具体的に確かめていきます。

●過去の問題を検証する

本校の社会は、例年大問がひとつ、試験時間は40分で80点満点です(国数が120点満点、理社は80点満点)。設問数は20問前後ですので、時間に余裕があるように感じられますが、リード文の長さ、記述問題の多さなどからみて、効率よく解答していく必要があります。いくつか記述問題を見ていくことにします。

最初に、2018年度の入試問題から一問を確認します。

問9
下線部⑨(注:下線部⑨は、「水環境を保全し」)に関して、世界では多くの人びとが慢性的な水不足に悩んでいます。
水資源について考えるとき、「バーチャルウォーター(仮想水)」という考え方にもとづいて貿易を捉え直す議論があります。これは、食料を輸入している国(消費国)において、 もしその輸入食料を生産した場合どの程度の水が必要かを推定するものです。
この観点に立つと、「日本は降水量が多いうえ、さらに世界中の水資源を活用して豊かな生活をしている」ということができます。
「バーチャルウォーター」で考えると、小麦と牛肉では、どちらの方がその量は大きくなるでしょうか。またそれはですか。説明しなさい。

バーチャルウォーターは1990年代から唱えられているものですが、これが何かは設問中で説明されています。また、小麦と牛肉の日本の輸入先はどの国かなどの、入試で良く問われる知識も必要とされていません。与えられた情報をもとにして、設問の趣旨に沿って解答を作成することが求められます。

設問では、①小麦と牛肉では、どちらがバーチャルウォーターが多いのか②その理由を書くように求められています。これに従って解答を作っていきます。

まず、小麦は植物ですから、当然その生育には「水」が必要です。また、牛も生存していくためには「水」が必要です。ここでもう一歩進んで考えることが必要になります。牛を育てるには、エサ(飼料作物)が欠かせません。この生育にも「水」が必要です。したがって、「牛肉」のほうが「小麦」より多くの「バーチャルウォーター」が必要になります。

設問を正確に理解して、自分で思考することで正解となります。「小麦は生育するための水だけだが、牛肉は成長に不可欠な飼料作物の生育にも水を必要とするから、小麦より牛肉のほうが量は多くなる。」などと解答できればいいでしょう。なお、国語の問題と異なり字数指定がありません。過不足なくまとめることが大切です。

続いて、2020年度の問題から、本校の典型的な記述問題を見ることにします。問題文中にヒントがあります。ここから解答の方向性が見えてきます。

問2(2)
移民を排除するために壁を建設するという発想は、19世紀の後半にはすでにアメリカにありました。下の図は1870年のアメリカの新聞にのった風刺画で、国境線に「万里の長城」と名づけられた壁が建設されています。壁の上にいるアイルランドからの移民は、
中国からの移民がアメリカに入れないようにはしごを外しています。アイルランドからの移民も中国からの移民も、鉄道建設などの工事現場や製造工場ではたらきました。そして、中国からの移民が増えていく中で、職を失うことをおそれたアイルランドからの移民たちが中心となり、中国からの移民をアメリカの外に追放しようという運動がもり上がりを見せていきました。その一方で、鉄道会社や製造工場の経営者たちは、しばしば中国からの移民を守る側にまわりました。その理由を説明しなさい。

この風刺画を見たことがあったり、設問の内容について事前に学んだりしたことのある受験生はおそらくいないでしょう。ここでなぜだろうと考えることになります。

この問題では、問題文を読み取ることで正解にたどり着けます。「中国からの移民が増える中で、アイルランドからの移民が職を失うことを恐れた」のはなぜなのだろうと考えます。双方に何か違いがあることは明確にわかります。これがアイルランドからの移民にとっては不利になるのです。また、「経営者たちが中国からの移民を守る立場に立った」のはなぜでしょう。経営者は利益を大きくすることを考えるということを思い出せば、経営者がより人件費の安い中国からの移民のほうを大切にしたと類推することができます。問題文と既存の知識を結びつけて考察することが重要なのです。「アイルランドと比べ、中国からの移民のほうが安くやとえたから。」などという解答になります。

●合格点をとるための学習法

本校の入試問題対策で必要なことは、一問一答式の知識ではなく、情報と知識を結びつけて考える力であると言えます。リード文、設問、統計資料、図表には答を導き出すための手がかりが示されています。これらと自らの学びで培ったきた知識を結びつけ、考えれば正答ができるのです。常になぜと考える習慣をつけておきたいものです。また、本校の過去問をよく研究し、それぞれの正解にいたる思考の道筋を確認していくことをおすすめします。試験当日に焦ることなく問題に取り組めるはずです。

本校の問題は、過去の経緯からすれば、合格ラインは、60%から70%とみてよいでしょう。すべてが難問というわけではありませんし、これらの問題全てに正答する必要はないわけです。記述問題のなかでは、取れる問題で確実に点数を取ることです。

また、本校の問題には、一般的な中学入試レベルの基本問題も含まれています。ですので、これらの問題は確実に正答することです。これは合格のために必須です。また、地理に関わる問題では、統計や図表、地図が必ず出題されます。特に、地形図はよく出題されます。これは、練習をしておけば必ず得点できるようになります。

本校に合格できる力を身につけることはたやすいことではありません。ただし、丸暗記で終わることなく、常になぜかと考える習慣をつけることで打開できるものと、私は考えています。暗記する力でない、考える力を試す良い問題だと思います。